村上ファンド事件第 15 回公判傍聴記

村上ファンド事件第 15 回公判傍聴記

村上 世彰被告(M & A コンサルティング前代表)の村上ファンド事件第 15 回公判は、平成 19 (2007) 年 2 月 27 日(火)10 時に東京地方裁判所 104 号法廷で開かれました。

村上被告は黒のスーツに紺地に青い柄のネクタイを締め、この日は寒かったのでベストも着用していました。
私の記憶が正しければ、ベストを着ていたのは今回が初めてです。

村上被告は、被告人席の長椅子の中央には鞄を置いて自分は裁判官席寄りに座り、水色のファイル(厚さ 2 cm くらい)とクリップで留めた資料(厚さ 1 cm くらい)を机に置き、コクヨの B5 の赤の Campus ノートも用意していました。

村上被告と弁護側は飲み物なしでしたが、検察側は午前中は山下 貴司検事が/午後は 3 人ともカルピス伊藤忠ミネラルウォーター「エビアン」の 330 ml ペットボトルを準備して、山下検事は直接飲み口から/吉開 多一検事と入谷 淳検事はプラスチックの紙コップについで飲んでいました。

滝沢 建也氏(M & A コンサルティング副社長)もダノンウォーターズジャパン「ボルヴィック」の 500 ml ペットボトルを持込んでいましたが、紙コップは使わず直接飲み口から飲んでいました。

村上被告・滝沢氏・丸木 強氏(M & A コンサルティング代表取締役)は学生時代からの友人で、事件当時の M & A コンサルティングの 3 幹部です。

滝沢氏については、どの本にも同じような人物紹介があります(出版順)が、逆に言えば「天才」と経歴以外の情報は、あまりありませんでした。

一方の検察側も一番手強い山下検事の登場で、堀江 貴文被告(ライブドア前社長)とは違った意味で「最大の見せ場」となる証人尋問です。

滝沢氏は村上被告が絶賛するだけのことはありましたが、印象に残ったことは以下の 5 点です。

  1. 話が長く、尋問を逸らして答えることが多かった
  2. 脱税で敗訴した後も、コンプライアンスを担当した
  3. 埼玉県警捜査二課課長という経歴を持ちながら、証人テストを拒否して供述調書も否定した
  4. 金融用語「ストラテジック・バイヤー」と証人の造語「ストラテジック・パティシパント」を外部に説明せずに使い分けていた
  5. ライブドアと楽天の財務データの大小を知らなかった

1 は、翌日に裁判長から「話が長いから、結論から話すように」と注意されていました。

いくら「天才」でも 2 はまずいし、3 もずるい気がします。

4 は「天才」本人には分かっても外部にはどう違うのか伝わらないし、「資料には『ストラテジック・バイヤー』とあるが『ストラテジック・パティシパント』の意味」と証言されても通らないと思います。

5 は、ライブドアのプロ野球参入騒動のとき、堀江 貴文被告(ライブドア前社長)がテレビで主張していたので、素人でも知っています。

総合すると、「7 - 3 で検察側に軍配」と感じました。

それはともかく、今回特筆すべきは「村上被告が泣いた」ことです。

反対尋問で滝沢氏が当時の状況を再現すると、傍聴席の M & A コンサルティングの女性社員 3 人が泣き始め、30 秒か 1 分くらいすると滝沢氏の証言が涙声になり、10 秒か 20 秒すると村上被告がハンカチで涙を拭いました。

落着いた後の村上被告は、目を瞑って斜め上に顔を上げたまま、反対尋問が終わって傍聴者が退席するまでの 10 分くらいは微動だにしませんでした。

この日は、12 時 05 分から 13 時 30 分までと 15 時 05 分から 15 時 30 分までの 2 回の休憩を挟んで、証人尋問が行われました。

滝沢氏への主尋問に立ったのは山下検事で、反対尋問に立ったのは川原 史郎弁護士です。