「取締役会議事録『負けの可能性はなくなった』」村上ファンド事件証人・木村 司氏への弁護側反対尋問
村上ファンドの取締役会
- 村上 世彰被告(M & A コンサルティング前代表)と出会ったのは、平成 12 (2000) 年か平成 13 (2001) 年
- その後、村上被告が社外取締役への就任をオリックスに依頼した
- 平成 16 (2004) 年 4 月に就任し、月に 1 回程度の取締役会に出席していた
- 毎回、次回の日程調整が行われるが、ほぼ全員が出席した
- 取締役会の進行役は村上被告で、各議案の説明は案件担当者
- 資料は冒頭に配られ、事前配布はない
- 議論は、活発に行われた
- 村上被告の意見に、丸木 強氏(M & A コンサルティング代表取締役)や滝沢 建也氏(M & A コンサルティング副社長)が反対することもあった
- たまに、取締役会以外でも相談された
- 6 月 23 日に、取締役会が開かれた
- ニッポン放送の株主総会前
- コンテンツ・サービス会社フェイスとライブドアとリップルウッドに関する詳しい説明を受けた記憶はないが、ストラテジック・バイヤーとして挙げられたのだろう
- 7 月 28 日に、取締役会が開かれた
- 議事録に、「亀淵 昭信氏(ニッポン放送社長)哀れなり」「一昨日、村上被告が日枝 久氏(フジテレビ会長)に会った」とある
- 票読みの説明も受けた
- 「平成 17 (2005) 年 3 月までに、50 % を取得したい」とのことだった
- 資料「N 社の現状と弊社の選択肢」に「R 社」として楽天があるのは、村上被告が三木谷 浩史氏(楽天会長兼社長)から聞いたのだろう
- 平成 16 (2004) 年末までに、ニッポン放送株の売却先として楽天以外は出た記憶がない
- 出たとしても選択肢の 1 つに過ぎず、確度が低かった
- 村上被告はあらゆる出口戦略を追及していたので、報告していないだけかもしれない
- 9 月 14 日に、取締役会が開かれた
- 議事録に、「当方の負けの可能性は、ほぼなくなった」とある
- 9 月 10 日にフジテレビがニッポン放送株を取得したことで、フジテレビによる TOB が基本戦略になった
- フジテレビが対抗策として、ニッポン放送を子会社化する行動を起こしたので、出口が見えた
- フジテレビが銀行からニッポン放送株を購入したことは、資料にあるから取締役会でも触れたと思うが、印象にない
- 利益の大小はともかく、塩漬けにならずに済むのは朗報
- 議事録に、「フジテレビの目的」として 2 点が挙げられている
- 「ニッポン放送を完全子会社化するための第一歩」
- 「ニッポン放送の経営陣を支えるための株式持合」
- 議事録に、「ニッポン放送株を買い集めて、ストラテジック・バイヤーに取得を促す」とある
- 出口が見えて、他の方法に挑戦する余裕ができた
- (「供述調書に、『ストラテジック・バイヤーがニッポン放送株を取得することが、フジテレビへの圧力になる』とある」との弁護側に対し)フジテレビが高値で購入することが予想された
- ストラテジック・バイヤーの具体的な話があったか不明
- 以後は、ニッポン放送株を高く売却するという村上被告の方針に変化はなかった
- 10 月 28 日に、取締役会が開かれた
- 9 月 15 日のライブドアとの打合せの後
- ライブドアに限らず特定の第三者が 1/3 取得する可能性の話はなかった、と思う
- 9 月 14 日の取締役会の方針との違いを感じた印象はない
- 12 月 6 日に、取締役会が開かれた
- 議事録に、「不足分は、MAC スモールキャップ投資事業組合で買い増す」とある
- ストラテジック・バイヤーの具体的な話はなかった、と思う
- 平成 17 (2005) 年 1 月 28 日に、取締役会が開かれた
- ストラテジック・バイヤーの具体的な話はなかった、と思う
- あまり個々の案件に口を挟まなかったし、新聞を見て「ああ、ライブドアか」と思ったから
- 「1 月 28 日以後、ニッポン放送株購入を停止した」と聞いた記憶はない
インサイダー取引
- 平成 18 (2006) 年 6 月 5 日の記者会見で、村上被告は「平成 16 (2004) 年 11 月 8 日に聞いちゃった」と述べたが、初耳だった
- 村上被告が意図的に隠した、とは思わない
- 阪神電気鉄道など、後から「あんなこともやっていたのか」と感じたこともある
- 月に 1 回の取締役会で、全てを把握するのは無理
- 村上被告はインサイダー取引に気を付けていた印象がある
- 滝沢 建也氏(M & A コンサルティング副社長)や中島 章智弁護士(MAC アセットマネジメント取締役)と相談するのを何度か見た
証人尋問
- 村上被告の弁護側のヒアリングを拒否した
- 証人の会社の顧問弁護士に、「接触しない方がいい」と言われた
- 検察側に指示されたのではない
- 検察側の証人テストは 4 回くらい受けた
村上ファンドの取締役会
- ニッポン放送については、毎回資料が添付されて議論した
- 村上ファンド内で、最重要の難しい案件だった
- 詳細まで説明された訳ではない
- 10 月以降、「ライブドアが TOB を考えている」と聞いた記憶はない
- 村上被告がライブドアによる TOB を知っていたら、報告していただろう
村上被告による尋問
- (「12 月 6 日の取締役会で、票読みして『もう勝負が着いているじゃないですか』と言わなかったか?」との村上被告に対し)覚えていない
- M & A は、相手の緊張感で成否が分かる
- 最初は腹の探り合いだが、やがて折合うかどうか感じられる
検察側再主尋問
- プロキシー・ファイトで勝った場合についても議論した
- ファンド・マネージャーが経営するのは、ハードルが高い
- 村上被告は、利益を最大にすることは首尾一貫していた
- 反対尋問で「村上被告が意図的に隠した、とは思わない」と証言したが、平成 17 (2005) 年 1 月 28 日の取締役会でストラテジック・バイヤーの話は出たが、ライブドアの名前は挙がらなかった
- 石井 賢史氏(M & A コンサルティング取締役)から「議事録を紛失した」と電話があったので、コピーして渡した
- M & A コンサルティングでは議事録を保管しておらず、普通の会社ではあり得ない
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