「堀江被告『日テレを買収すればジャイアンツが付いてくる』」村上ファンド事件証人・熊谷 史人被告への弁護側反対尋問
ニッポン放送株の購入
- 平成 16 (2004) 年 7 月 12 日の取締役会で、ニッポン放送株の購入枠が 5 億円に拡大された
- 年初から、購入を開始していた
- 村上 世彰被告(M & A コンサルティング前代表)が、株主総会で経営陣と戦っていた
- 証人が購入担当だったが、年内はあまり購入しなかった
- 購入しすぎて特別損失を出したくなかった
- 堀江 貴文被告(ライブドア前社長)に「ニッポン放送株購入して」と言われれば、購入した
- 年初から、購入を開始していた
- 9 月 15 日に、村上ファンドと打合せを行った
- ニッポン放送株の購入担当だったから、宮内 亮治被告(ライブドア元取締役)から出席するように言われたのだろう
- プロ野球参入のための仙台出張を優先して、欠席した
- 帰京後、堀江被告から「N 社について」を読んでおくように指示された
- 一応読んで机にしまった
- 特に感想なし
- 宮内被告に、「村上被告が『ニッポン放送を購入できる』と言っているけど、放置放置」と言われた
- 真剣じゃない、と感じた
- 宮内被告も、失敗したときの訴訟リスクを冒してまで敵対的 M & A を行うほど馬鹿ではない
- 当時のライブドアは、メディア買収をできるだけ行うべきだったので、1 % でも可能性があれば進めるが、基本的には無理
- 堀江被告は、ニッポン放送に限らずメディアを半年後か 1 年後に買収したい、と強く思っていた
- 宮内被告は「放置放置」とよく言うから、いつもと同じ
- オーナー社長である堀江被告が乗り気の案件について、宮内被告が「放置」と言って形だけ進めて、結局立消えになることはよくあった
- 宮内被告が触れなくても堀江被告に聞かれるから、情報漏洩防止のためではないだろう
- 真剣じゃない、と感じた
- 中村 長也被告(ライブドアファイナンス前社長)が、クレディ・スイス銀行に融資を働き掛けていたのは知っている
- 宮内被告から聞いたのか、宮内被告と中村被告が話しているのを聞いたのか分からない
- 宮内被告と中村被告の席までの距離は、それぞれ 2, 4 m くらい
- ニッポン放送株の 1/3 を取得することや、村上被告と協力することも聞いていた
- 1/3 であれば約 500 億円、過半数であれば約 800 億円が必要になることも分かっていた
- 「デット(借金)による資金調達」と聞いて、ライブドアの財務状況で融資する銀行があるのかな、と思った
- (「宮内被告は、『デット(借金)による資金調達は、非常に難しかった』と証言した」との弁護側に対し)そうだろう
- 頑張ってもキャッシュ・フローが 10 〜 20 億円で、返済計画が立てられないから
- やるならエクイティ(株式)による資金調達しかない、と感じた
- 堀江被告は、エクイティ・ファイナンスによる株式価値の希薄化を心配していた
- 宮内被告は、今後の大型 M & A に備えてクレディ・スイス銀行の反応を見たかったのではないか
- 宮内被告から聞いたのか、宮内被告と中村被告が話しているのを聞いたのか分からない
- 9, 10 月は、プロ野球参入で堀江被告と行動を共にすることが多かった
- 10 月中旬に「村上ファンドが、ニッポン放送株を手放した」という情報で、株価が下落した
- 堀江被告は、「嘘みたいだ。安いうちに購入しよう。お買い得だから、村上ファンドも購入している」と言っていた
- 10 月 22 日に、6300 株を購入した
- 堀江被告に「どう?」と 2, 3 週に 1 度くらい言われ、「安くなったら購入します」と答えた
- 9 月 21 日にも 10000 株を購入していたが、11, 12 月は購入しなかった
- 買収は無理であり、資産運用にすぎないので大量には購入しなかった
- 板情報を見て大きな買いがあれば、村上ファンドかな、と思っていた
ニッポン放送の買収
- 9 月 16 日から 11 月 1 日までは宮内被告からニッポン放送の話がなかったので、進展を感じなかった
- 11 月 2 日に、プロ野球参入を断念した
- 仙台の牛タン屋で残念会を行い、その模様がテレビで放映された
- テレビカメラの前で、堀江被告が「まだ本丸がある」と言うので驚いた
- 残念会終了後、堀江被告が「熊ちゃん、一発逆転あるから」「日テレだよ」と話した
- 近鉄バファローズの代わりに読売ジャイアンツを買収するのか、と思った
- 堀江被告は、「日テレを買収すれば読売ジャイアンツが付いてきて、楽天を逆転できる」と続けた
- 村上被告から聞いたのではないか
- ニッポン放送の話は、出なかった
- 仙台の牛タン屋で残念会を行い、その模様がテレビで放映された
- 11 月中は、堀江被告や宮内被告からエクイティ(株式)による資金調達を指示されなかった、と思う
- 12 月上旬に、誰からかは分からないがエクイティ(株式)による資金調達を指示された
- 時期や金額の話はなかったが、「N 社について」で分かっていた
- 4 月末の公募増資の後、エクイティ(株式)による資金調達を準備していた
- イーバンク銀行の失敗で金融事業に資金が必要になり、「12 月に 500 億円」を目標にしていた
- 平成 17 (2005) 年 1 月にライブドア証券社長に就任予定で、信用取引の資金が必要だったことも理由の 1 つ
- リーマン・ブラザーズ証券と JP モルガン証券と日興シティグループ証券に打診した
- みずほ証券と三菱 UFJ 証券と大和証券 SMBC も営業に来たが、本気ではなかった
- 大体、証人が会った
- 平成 16 (2004) 年秋に大手 CD 販売店タワーレコード買収の話があったので、そのための資金調達としてリーマン・ブラザーズ証券と交渉していた
- 9 月 21 日に、矢野 雄彦(やの ゆうひこ)氏(リーマン・ブラザーズ証券投資銀行本部元シニア・ヴァイス・プレジデント)から証人・塩野 誠氏(ライブドア証券取締役副社長)へメールが送信され、タワーレコードを紹介された
- 塩野氏が、担当になった
- ライブドア内で賛成が少なく、タワーレコードの大株主にも「売却したくない」と言われ、12 月までに断念した
- 資金調達したかったので、リーマン・ブラザーズ証券には伏せていた
- ニッポン放送買収の方法を考えた
- ニッポン放送を買収できたら素晴らしいが、難しかった
- それまでの資金調達を利用できないか考えた
- ニッポン放送でなくても、他の用途に使っただろう
- 12 月 17 日に発行総額 300 〜 500 億円/12 月 28 日に発行総額 500 億円のリーマン・ブラザーズ証券からの提案書を受取った
- ニッポン放送買収は現実的でないので、他の用途に使うつもりだった
- リーマン・ブラザーズ証券側は、タワーレコード買収に使うと思っていただろう
- エクイティ・ファイナンスでは以下の 3 点が重要だが、12 月は 1, 3 をリーマン・ブラザーズ証券に伝えていない
- 使途
- 調達規模
- 重要事項の有無
- (「証券会社は、1 が敵対的 TOB と分かっていたら協力するのか?」との弁護側に対し)厳しい
- 資金調達できても、買収は難しい
- 資金調達の発表から振込までに約 2 週間あり、重要事項も発表するから株価が上昇したら失敗する
- MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)とブリッジ・ローンを組合わせられることは、12 月下旬〜平成 17 (2005) 年 1 月中旬に日興シティグループ証券から聞くまで知らなかった
- 平成 16 (2004) 年 3 月にバリュークリックジャパン(現・ライブドアマーケティング)を友好的 TOB したときの経験から、敵対的 TOB は絶対無理だろう、と思っていた
- 村上被告ですら、敵対的 TOB は苦戦していた
- ニッポン放送株は出来高が少なく、相対取引でも 1/3 を取得するのは難しい
- 5 月に丸山 サトシ(表記不明)氏(ライブドア元社員)が退職したため、エクイティ・ファイナンスの担当は証人だけだった
- 1 人で公募増資の準備を行うのは、きつかった
- MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)であれば、1 人か 2 人で準備できる
- 12 月中旬頃、堀江被告に MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)を拒否された
- 夏から打診していたが、反応は芳しくなかった
- 潰れそうな会社の調達手段というイメージがあるし、持株比率が下がるからだろう
- 公募増資と異なり、MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)は株式価値の希薄化が読めない
- 誤解を解くため、日本経済新聞の記事を見せて「次は MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)で」と言おうとしたら、堀江被告は挙手して「大株主として、絶対反対」と遮った
- ニッポン放送買収の資金調達方法として話したのではないが、堀江被告はそう受止めただろう
- 堀江被告は、「もっと良い方法があるんじゃないの?他の手段を考えろ」と述べた
- MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)は素晴らしいので、拒否されても準備は続けていた
- 夏から打診していたが、反応は芳しくなかった
- 年末年始に、「N 社について」を持って盛岡に帰省した
- 買収できればしたかったが、やっぱりできない、という結論だった
- 年明け以降は、放置した
- 平成 17 (2005) 年 1 月 4 日に、塩野氏から証人へメールが送信された
- 随分ざっくりしていると感じ、希望的観測にすぎず検討したうちに入らなかった
- 「友好的 TOB」と返信したのが、当時の本音
村上ファンドとの打合せ
- 平成 16 (2004) 年 12 月 21 日に、塩野氏から証人へメールが送信された
- 平成 17 (2005) 年 1 月 6 日の村上ファンドとの打合せを連絡された
- 堀江被告の指示で、塩野氏が設定した
- 社長に言われたらやるのが仕事なので、堀江被告に「買収は難しい」とは伝えていない
- 平成 17 (2005) 年 1 月 6 日の村上ファンドとの打合せを連絡された
- 1 月 6 日に、村上ファンドと打合せを行った
- ライブドアと村上ファンドの認識のずれを感じた
- 共同買付者なのでインサイダー情報も話し合える、と思っていたら、「TOB の話はするな」と言われ、温度差があった
- 村上被告にニッポン放送株の取得率を聞かれ、「お、痛い」と思った
- 堀江被告は、答えられなかった
- 「0.0 何 %」とは言えず、「1 % 弱」と証人が答えた
- 村上被告は、「それしか持ってないの。市場でもっと購入できるよ」と話した
- ライブドアと村上ファンドの認識のずれを感じた
ニッポン放送の買収
- 1 月 11 日に、取締役会が行われた
- 「ニッポン放送株の 4.9 % 以下を取得する」と決議した、と思う
- そうでなければ、2 月 8 日にも購入する決議ができないだろう
- 平成 16 (2004) 年 12 月に、塩野氏から「ニッポン放送の解散価値は 6700 円」と聞いていた
- 村上被告が買増しているから割安だろう、と判断した
- フジテレビによる TOB の可能性もある
- 実際に購入するかどうかを決めるのは今まで通り証人だから、好き勝手にやろう、と思った
- 宮内被告が、「失敗したら、全員無報酬で損失を負担する」と言った
- 本当はやりたくなくてブレーキをかけている、と強く感じた
- 「ニッポン放送株の 4.9 % 以下を取得する」と決議した、と思う
- 平成 17 (2005) 年 1 月 11 日から数日は、数千株を購入するに留まった
- 出来高が少なかったから
- 1 月 28 日に、堀江被告が MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)を了承した
- 堀江被告のブログにも、記述がある
- 築地の鉄板焼屋「Kurosawa」に、堀江被告・宮内被告・証人・清水 幸裕氏(ライブドア証券会長)が集まった
- 清水氏を日興シティグループ証券から引抜くため
- 堀江被告は 1 月の言動からニッポン放送をどうしても欲しがっていたので、 6:4 で賛成するだろう、と証人は思っていた
- 堀江被告は、「メディアを買収すれば世界一になれる。持株比率が下がっても、ニッポン放送を買収できるなら本望だ」と言った
