「押収されなかったメールが見付かった」村上ファンド事件証人・小谷 彰彦氏への弁護側反対尋問
ライブドアとの打合せ
- (「宮内 亮治被告(ライブドア元取締役)の手帳によると、平成 16 (2004) 年 10 月 19 日に宮内被告・中村 長也被告(ライブドアファイナンス前社長)・証人が会っている」との弁護側に対し)別件ではないか
- 10 月前半は、イーバンク銀行株の件が中心
- 10 月後半は、JMAM サルベージ 1 号投資事業組合の件が中心
供述調書
- (「供述調書に、9 月 22 日の打合せがない」との弁護側に対し)現在の方が、記憶は整理されている
- 取調べの最後の 2 回は、供述調書を作成して署名するための作業だった
- 平成 18 (2006) 年 6 月 18 日(日)に、ドイツでサッカーのワールドカップ日本対クロアチア戦を観戦するため
- 6 月 15 日(木)夜に署名して、6 月 16 日(金)に出発した
- 証人が述べたことを基に、検察官が供述調書を作成した
- 「ここ変えていいかな?」と聞かれて「いいですいいです」と答える感じで、今見ると驚く
- 今日は、偽証罪を意識している
- 村上 世彰被告(M & A コンサルティング前代表)が罪を認めていることは知っていたが、面識はなかった
押収されなかったメール
- 自宅や取締役を務めるベンチャー企業のパソコンに転送していたメールが見付かった
- 発見したのは、平成 19 (2007) 年 1 月 19 日だと思う
- 1 月 22 日に、奥田 洋一弁護士に連絡した
- コンフィアンス・サービセスのパソコンは、現在も押収されたまま
- 平成 16 (2004) 年 10 月 20 日に、中村被告へメールを送信した
- 大きな打合せを 10 月 25 日 12 時に設定した
- 10 月 21 日に、大倉 サワコ(表記不明)氏から日下部 治郎氏(クレディ・スイス銀行マネージャー)へメールが送信された
- JMAM サルベージ 1 号投資事業組合の決裁について
- 日下部氏から大倉氏へメールが返信された
- イーバンク銀行株で受取った金額に 5 億円を増額して、融資を行う
- ライブドアファイナンスが、エバトン・エクイティのイーバンク銀行株を購入する
- 1 の契約書を作成して、10 月 27 日までに入金する
- 入金した約 50 億円で、JMAM サルベージ 1 号投資事業組合が新しい投資を行う
- 2, 4 の実行が 10 月下旬と 10 月 27 日か 28 日だったので、宮内被告の手帳にある 10 月 19 日の打合せは、これらのどちらかではないか
- (「宮内被告は、『自分が出席しているということは、別件ではなくてニッポン放送についての打合せだろう』と証言した」との弁護側に対し)ニッポン放送も大事だが、この時期は JMAM サルベージ 1 号投資事業組合が重要だった
- 10 月 11 日に、その週の予定を自分宛にメールで送信した
- 主尋問で証言したメールで、押収されている
- 「ライブドア社の詰め」とあるが、2, 4 の可能性が高い
- ニッポン放送買収のための融資は、詰めの段階ではなかった
- (「中村被告は、『この頃に、200 億円のコミットメントラインを打診された』と証言した」との弁護側に対し)あり得ない
- (「宮内被告は、『10 月 19 日の打合せで、200 億円は担保があるから問題ない、と言われた』と証言した」との弁護側に対し)あり得ない
- (「宮内被告は、『ニッポン放送株の取得率を 1/3 から 20 % に変更するので、融資を 200 億円に減額した』と証言した」との弁護側に対し)聞いた記憶がない
- 11 月上旬に、ローラン・ルップ氏がクレディ・スイス・アドバイザリー・パートナーズ CSAP の同僚に見込みを尋ね、駄目と言われた
- 11 月 4 日に、ルップ氏から証人と日下部氏へ「融資可能なのは、20 〜 40 億円」とメールが送信された
- 傍聴者注:原文は英語だが、弁護側の和訳に基づき証言
- 「追加担保を村上ファンドに依頼する」ともあった
ライブドアへの融資
- 11 月 12 日に、ニッポン放送について宮内被告・中村被告と打合せを行った
- 設定したのは、証人ではないだろう
- プロ野球の話の印象が強くて、打合せの内容は覚えていない
- 9 月の打合せと同じような話をしただろう
- 良い打合せではなかった
- プロ野球参入騒動で、最も融資できない会社と思ったが、最後までやろうと新生銀行やあおぞら銀行に繋げた
- (「宮内被告は、『融資金額を 200 億円から 500 億円へ戻す話をした』と証言した」との弁護側に対し)記憶にない
- 11 月 12 日までに、ライブドアがエクイティ(株式)による資金調達を進めている、と聞いた記憶はない
- 12 月に、新生銀行は駄目になった
- あおぞら銀行は対応が遅かった
- 平成 17 (2005) 年 1 月 17 日に、フジテレビが「5950 円でニッポン放送を TOB する」と発表した
- 中村被告に電話して、「終わりですよね」と確認した
- あおぞら銀行の小見寺氏へ「終わりになりました」とメールを送信した
- TOB には驚いたが、やれやれ、と思った
- 1 週間か 10 日くらいして中村被告から電話があり、ライブドアへ行った
- リーマン・ブラザーズ証券から 500 億円の MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)を受けることを聞いた
- クレディ・スイス銀行が、100 億円のつなぎ融資をすることになった
- それまでとは性格が異なる融資
- リーマン・ブラザーズ証券が、数週間後に返済する
村上被告立件
- 「ライブドアへの 200 億円の融資が、村上被告に伝わっていたことが問題になった」と報じられたことは知っている
- 平成 18 (2006) 年 6 月 7 日に、朝日新聞の紙面か asahi.com で知ったのだろう
- おめでたい銀行があるな、と感じた
- クレディ・スイス銀行と並行して申込んでいたのか、と思った
- 翌 6 月 8 日に検察官から電話があって、「おいおい、俺の 200 億円かよ」と驚いた
- 悪い冗談としか思えなかった
- ライブドア事件の取調べが一段落した矢先だったので、暗い気持ちになった
- その日のうちに、検察庁に赴いた
- 6 月 15 日まで、6 営業日連続で取調べを受けた
- 検察官に、「ワールドカップに行く前に、何が何でも署名してほしい」と言われた
- 5 日間の取調べを行って、6 日目に供述調書を作成した
- 供述調書を加筆訂正したこともある
- 6 月 5 日に村上被告が逮捕される前は、村上ファンド事件に関する取調べは受けていない
- 4 月までに、ライブドア事件では 30 回以上の取調べを受けたが、村上ファンドについては聞かれなかった
- 作成した供述調書は、6 月 15 日の 1 通のみ
- (「供述調書に、『融資実行の可能性がある、と思った』とある」との弁護側に対し)0 ではないから、あると言えばある
- (「供述調書に、平成 16 (2004) 年 10 月 11 日の詰めについて記述がある」との弁護側に対し)今日の証言が正しい
- (「供述調書に、『500 億円は大きすぎて無理』とある」との弁護側に対し)その通り
- (「供述調書に、『融資 200 億円と現預金 100 億円は、諸条件により可能』とある」との弁護側に対し)「融資 200 億円と現預金 100 億円とエクイティ・ファイナンス 200 億円」と言った
- 「諸条件」に、エクイティ・ファイナンスを含めることで妥協した
- (「供述調書に、『200 億円融資の融資は可能、と思った』とある」との弁護側に対し)エクイティ・ファイナンスで 200 億円を調達できれば可能性はあったので、妥協した
- (「供述調書に、ニッポン放送株の掛け目について記述がある」との弁護側に対し)一般論として間違いではないが、数字を議論する段階ではなかった
- (「供述調書に、『10 月中旬に、宮内被告と中村被告に説明した』とある」との弁護側に対し)当初「中旬まで」だった
- 最初の打合せを 9 月 15 日と特定する前だった
- 「まで」がなくなっていることには、気付かなかった
- 「10 月中旬」ではなくて、「9 月 22 日」だろう
- 検察官は、供述調書を読み聞かせなかった
- 証人も、時間がなかった
- 閲覧せずに、パラパラめくって署名した
- ライブドア事件と村上ファンド事件で合計 40 回くらいの取調べを受けたが、検察に悪感情は抱いていない
ライブドアへの融資
- 年末に審査して、平成 17 (2005) 年 2 月か 3 月に融資をするのだろう、と思っていた
- ライブドアが、ニッポン放送株を購入する時期が 2 月か 3 月
- ライブドアの正式決定とは聞いていない
- 平成 16 (2004) 年 9 月 15 日に、「やるとしたら平成 17 (2005) 年 2 月か 3 月」と聞いた
- 平成 16 (2004) 年 9 月 22 日に、エクイティ・ファイナンスを利用することを説明した
- 11 月 12 日の打合せまでに、宮内被告や中村被告からエクイティ・ファイナンスの話は出なかった
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