「融資は行ける、と感じた」村上ファンド事件証人・中村 長也被告への弁護側反対尋問
買収資金調達
- 平成 16 (2004) 年 9 月 15 日に、ニッポン放送の買収資金調達を宮内 亮治被告(ライブドア元取締役)に指示された
- 金額は 500 億円
- 発行済株式数の 1/3 を取得する話もあった
- その場合の必要額は、当時の時価総額から約 600 億円
- 差額の約 100 億円は現預金で賄うつもりだった
- 堀江 貴文被告(ライブドア前社長)も、同席していただろう
- 大きな金額だとは思ったが、調達可能かどうかは特に考えなかった
- 銀行と話してみないと判断できないから
- 金額は 500 億円
- 9 月 15 日に小谷 彰彦氏(コンフィアンス・サービセス代表)に会い、もしかしたら行けるのではないか、と感じた
- 可能性を数字で表すのは難しい
- 宮内被告が提示した以下の条件に対して、小谷氏が「是非うちでやらせて下さい。よろしくお願いします」と前向きだったから
- 融資金額:500 億円
- 金利:3 〜 4 %
- 担保:取得するニッポン放送株と堀江被告のライブドア株
- 返済時期や返済原資の話はしなかっただろう
- 小谷氏が最後まで話を聞くこと自体が、前向きであることの現れ
- 小谷氏から先の手順としては、日本を含むアジアの統括責任者やクレディ・スイス銀行の審査部門を経て実行されるのだろう、と思っていた
- 前者はローラン・ルップ氏だが、後者が誰だか知らない
- 日下部 治郎氏(クレディ・スイス銀行マネージャー)は、小谷氏と同じ位置
- 小谷氏との初対面は、4 月か 5 月頃
- 当時ベンチャー企業の役員だった小谷氏と、ある人物を介して会った
- ライブドアとクレディ・スイス銀行の取引は、「クレディ・スイス銀行のプライベート・バンキング部門を担当しているので、何かあったら声を掛けて下さい」と言われ、定期的に連絡していたことから始まった
- BVI(イギリス領ヴァージン諸島 British Virgin Islands)を利用した融資を受けたこともあった
- イーバンク銀行株の取引にも関与しているが、9 月 15 日以降
- エバトン・エクイティからパイオニア・トップ・インベストメント PTI への送金は、小谷氏か日下部氏に頼んだ
- クレディ・スイス銀行に堀江被告の個人口座を開設した時期は、覚えていない
- 預入金額が 50 億円か分からない
- ライブドア株を売却して得た約 100 億円のうち、一番大きい割合を入金した
- 9 月頃、小谷氏はライブドアに営業する立場だった
- 小谷氏に限らず、当時の銀行関係者は皆そうだった
- 前向きであることを全面的に信じた
- 9 月 25 日頃、小谷氏が書面を持参した
- 融資金額:500 億円
- 金利:4 %
- 担保:ニッポン放送株とライブドア株
- 掛け目:ニッポン放送株は 50 % くらいで、ライブドア株は 30 % くらい
- (「宮内被告は、『ライブドア株は担保にならなかった』と証言した」との弁護側に対し)近い記憶がある
- 9 月 15 日に、「ライブドア株は担保にならないかもしれない」と言われた
- 掛け目は低くても担保になる、と思った
- (「宮内被告は、『ニッポン放送株を担保に 300 億円/無担保で 200 億円』と証言した」との弁護側に対し)よく覚えていない
- 9 月 15 日よりも行けそう、と感じた
- 小谷氏が提案書を持参して、「ルップ氏も乗り気」と言っていたから
- 可能性を数字で表すのは難しい
- (「小谷氏に、『200 億円は検討するが、300 億円はエクイティ(株式)で調達してくれ』と言われなかったか?」との弁護側に対し)エクイティ(株式)の話は出たかもしれないが、そうではなかったと思う
- 小谷氏に、「ファンドやクレディ・スイス・ファースト・ボストン証券を紹介する」と言われたか覚えていない
- 小谷氏と関係なく、証券会社の担当者とも会っていたので、エクイティ(株式)の話はあった
- 最初は 9 月 16 日に、日興証券の担当者に宮内被告が会った
- 1 週間くらいして、みずほ証券の担当者に宮内被告と証人が会った
- みずほ証券の担当者はセイノ(表記不明)氏で、元大和証券の大崎氏は知らない
- 買収資金調達が目的だったが、直接的な話はせず、軽い情報収集を行った
- 金額は話したかもしれないが、使途は「大型の M & A」とした
- 証人はデット(借金)担当だったが、エクイティ(株式)担当の熊谷 史人被告(ライブドア元代表取締役)が忙しかったし、みずほ証券の担当者にはライブドア上場のときに世話になっていて繋がりがあったから、同席した
- 日興証券やみずほ証券の担当者とは何回か会って、提案書も受取った
- みずほ証券の担当者は非常に乗り気で、熊谷被告が参加する前の 10 月か 11 月に、ある程度具体的な金額や日程の記された提案書を受取った
- 10 月中旬に、小谷氏が融資条件を見直して「200 億円のコミットメントライン」を提示した
- (「宮内被告は、『500 億円もいらず 200 億円でいい、と小谷氏に伝えた』と証言した」との弁護側に対し)融資金額を宮内被告が減らしたのか、小谷氏に減らされたのか覚えていない
- 「年内に 20 %」の必要額が 200 億円なのではないか
- 残りの 300 億円の話は出なかった
- 小谷氏に「駄目」とも言われなかった、と思う
- (「20 % から先の資金の見通しを立てずに、株を購入できるのか?」との弁護側に対し)当面の購入資金を 200 億円として、11 月中旬に再度 500 億円かそれに近い金額で融資を依頼するつもりだった
- 200 億円のコミットメントラインは、具体化しなかった
- 週に 1 度くらい会ったり電話したりして状況を確認していたが、進捗が分からないまま立消えになった
- 他の案件のついでに聞いたこともあったかもしれない
- クレディ・スイス銀行内の調整で 2 週間くらい掛かるかもしれないので、11 月上旬か中旬以降に進捗を尋ね、「早く進めて下さい」と頼んだ
- 小谷氏の返事は、前向きだった
- 11 月中旬に、再度 500 億円の融資を依頼した
- (「宮内被告は、『500 億円もいらず 200 億円でいい、と小谷氏に伝えた』と証言した」との弁護側に対し)融資金額を宮内被告が減らしたのか、小谷氏に減らされたのか覚えていない
- 11 月下旬か 12 月上旬に、200 億円のコミットメントラインの雲行きが怪しい、と感じた
- 「邦銀 2 行を間に挟んだ方がやりやすい」と伝えられた
- 「挟む」の意味が分からなかったが、メールで連絡された
- 200 億円についてだけなのか 500 億円についてなのかは、分けて考えていなかったので分からない
- 小谷氏に紹介されて担当者に会ったが、あおぞら銀行には断られ、新生銀行とは話が進まなかった
- 小谷氏の表情や歯切れが悪くなった
- 「邦銀 2 行を間に挟んだ方がやりやすい」と伝えられた
- 平成 17 (2005) 年 1 月 17 日に、フジテレビが「5950 円でニッポン放送を TOB する」と発表した
- 小谷氏に、「融資はなしですね」と言われたか覚えていない
- (「平成 17 (2005) 年になってから、小谷氏に 100 億円の融資を申込んだか?」との弁護側に対し)時期と金額は分からないが、結果として 100 億円のつなぎ融資を受けた
- 1 月 25 日に、小谷氏へ「リーマン・ブラザーズ証券から 500 億円の MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)を受ける」とメールを送信した
- 証人と小谷氏のどちらが持掛けたのか分からないが、その頃に 100 億円の融資を申込んだ
- 1 月 26 日の堀江被告へのメールに、クレディ・スイス銀行の融資金額や条件があるが、あおぞら銀行ではなくリーマン・ブラザーズ証券が引取るように変更されたかもしれない
- つなぎ融資の返済原資は、リーマン・ブラザーズ証券からの MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)で調達する資金
- つなぎ融資の担保は、購入するニッポン放送株
- TOB 期間中、ニッポン放送株は確実に 5950 円で処分できる
- クレディ・スイス銀行に、「『MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)を引受ける』という書面をリーマン・ブラザーズ証券から貰ってくれ」と言われたような気がする
- (「100 億円のつなぎ融資は、200 億円のコミットメントラインと繋がりがあるのか?」との弁護側に対し)9 月 15 日を始点に、クレディ・スイス銀行に融資依頼をした結果である
- 500 億円の融資と 100 億円のつなぎ融資とでは性格が違う、とは思わない
- ニッポン放送株の売却金額について、前者は見通しが立たないが後者は 5950 円
- 500 億円の融資の返済原資の話は 9 月 15 日と 25 日頃にはなく、10 月中旬以降に LBO の話が出た
- LBO は村上 世彰被告(M & A コンサルティング前代表)の協力が前提だが、ライブドアがニッポン放送株の 1/3 を購入して、村上ファンドとの合計で議決権の過半数を取得できれば可能
- 小谷氏は「なるほど」と聞いていて、「期間は 1 年で、ロールオーバーして考えましょう」という感じだった
- クレディ・スイス銀行がデュー・デリジェンスを行うとしても厳しくはないだろう、と気にしていなかった
- 平成 16 (2004) 年 9 月期は、自社株売却益の還流で 35 億円と出会い系サイト運営会社キューズネットや消費者金融会社ロイヤル信販(現・ライブドアクレジット)からの架空売上で 15 億円を計上していたが、前者は違法性を認識していなかったし、後者は決算調整的なものだったから
- 平成 17 (2005) 年 2 月のニッポン放送株購入までのライブドアの最大借入金額は、UFJ 銀行(現・三菱東京 UFJ 銀行)麻布支店から弥生買収のために融資を受けた約 100 億円
- ライブドア証券を買収したときは、60 〜 70 億円
- UFJ 銀行の担当者は、高橋氏
- 買収には、自己資金 30 億円も利用した
- 交渉は平成 16 (2004) 年 10 月か 11 月から
- 11 月 17 日の 17 時から 21 時まで、「UFJ 契約書」の打合せに出席した記録が残っている
- 融資時期は開示資料にないが、12 月か平成 17 (2005) 年 1 月だろう
- 1 月 26 日の堀江被告へのメールで財務制限条項(コベナンツ)に触れているが、証人が知ったのは平成 16 (2004) 年 12 月か平成 17 (2005) 年 1 月の契約直前
- UFJ 銀行の支店長交代と融資の前後関係は、覚えていない
- 小谷氏に依頼したクレディ・スイス銀行からの 500 億円の融資と UFJ 銀行の財務制限条項(コベナンツ)は両立できるのか、という認識はなかった
- (「財務制限条項(コベナンツ)があると、クレディ・スイス銀行からの融資が受けられなくなるか難しくなるとは思わなかったか?」との弁護側に対し)宮内被告と「引っ掛かるかもしれない」と話したかもしれないが、2 本同時に走らせることになり、弥生優先ではなかった、と思う
- 財務制限条項(コベナンツ)は、小谷氏に伝えていないだろう
- リーマン・ブラザーズ証券から 500 億円の MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)を受けるとき、財務制限条項(コベナンツ)が問題になったので、UFJ 銀行の支店長にどうにかならないか尋ねたが、平成 17 (2005) 年になってからはニッポン放送の案件にあまり関わらなくなっていたので、どう解決したか覚えていない
- (「弁護士が、『財務制限条項(コベナンツ)があっても、リーマン・ブラザーズ証券の MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)は社債でも株式に転換されるから大丈夫』という書面を書かなかったか?」との弁護側に対し)聞いたことがある
- 9 月末の EBITDA は、50 億円くらいと思っていただろう
- 平成 16 (2004) 年 9 月 15 日の時点で、ライブドアには連結ベースの現預金が約 400 億円あったので、200 〜 300 億円は使うことができた
- ライブドアは、運転資金があまり掛からない
- ライブドア証券の信用取引用の資金について、時期は分からないが議論した記憶はあり、グループ内の現預金で賄ったと思う
- 当時は銀行設立が 1 つのテーマで資金が必要だったが、あまり考えなかった
- プロ野球参入を表明した時期なので、新規加盟金として最大 20 億円を考えたかもしれない
- 小谷氏と世間話で、参入断念にも触れただろう
- 企業として、球団経営で儲けるのは難しい
- (「平成 18 (2006) 年 6 月 20 日の供述調書に、『現預金で使えたのは固く見積もって 100 億円、多くても 200 億円』とある」との弁護側に対し)堀江被告は、時価総額を大きくしたがっていた
- 手段として M & A を選び、良い案件を買収するために現金が必要だった
- (「平成 17 (2005) 年 1 月 20 日の熊谷被告から堀江被告や塩野 誠氏(ライブドア証券取締役副社長)へのメールに、『ニッポン放送株の取得率が 3.65 % まで上がり、資金的にタイト』とあるが、100 億円以下なので現預金で十分ではないか?」との弁護側に対し)覚えていない
- 平成 16 (2004) 年 9 月 15 日時点のニッポン放送の時価総額の 1/3 は、約 600 億円だった
- TOB する場合のプレミアムのこともチラリと考えたが、宮内被告と話したか覚えていない
- 小谷氏と 500 億円を超える融資の話をしたことはない
村上ファンドとの打合せ
- 11 月 8 日に、村上ファンドと打合せを行った
- 200 億円のコミットメントラインの進捗状況を尋ねた時期との前後関係は、覚えていない
- (「主尋問では、『11 月 8 日から 1 週間経たずに小谷氏と会った』と証言した」との弁護側に対し)11 月 8 日以前は 200 億円、以後は 500 億円でプッシュした
- 200 億円のコミットメントラインの進捗状況を尋ねた時期との前後関係は、覚えていない
